【旧】武器商人@ダーツのブログ

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いわゆる「プロ」について阿佐田哲也氏の書籍が参考になったのでご紹介

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twitterでちょこちょこ見かける「プロ」の議論について。

以前読んだ、麻雀放浪記が非常に参考になったのでご紹介。

作者は雀聖と呼ばれた阿佐田哲也です。漫画「哲也」のほうが有名かな???哲也の原作になったのが麻雀放浪記です。舞台は戦時中から戦後の動乱期です。ギャンブルなどについて規制の無い時代に、彼は麻雀で食って行っていました。生活ぶりを見る限り、サラリーマンなどよりずっと良い暮らしぶりだったように見えます。その意味で彼は、紛れもない「プロ」だったと思います。

そして、正確に何年後かはわからないのですが、麻雀では食っていけない時代になりました。原因としては、自動麻雀卓の登場と、法規制です。

彼は後に、「プロ」とはいかなるものか考察しているのですが、その考察が非常に興味深かったです。

いわゆる「プロ」っていうのは、胴元しか有り得ないという結論だったと思います。勝てば勝つほど相手は居なくなるので、相手の確保が必要となる。場が立たなければ、そもそも食っていけない。ある程度負けることも必要。また、胴元がルールなので、ルールが変わってしまえば食っていけなくなる可能性もある。そもそも、胴元が打たせてくれなければ、飯のタネにさえ困る。逆に、胴元はルール次第で自分の取り分をいくらでも残せるので、食っていけるんですね。その意味で、「プロ」は胴元しか有り得ないだと思います。

その後の阿佐田哲也はどうなったか?

実は、小説家になってるんです。麻雀小説という新しいスタイルの小説を確立させました。また、麻雀新選組設立なども行っております。麻雀を文化として普及させることに方向転換し、結果、成功しております。今の麻雀の地位が確立されたのは、彼のおかげだったが通説です。

上記は、ダーツにおいても非常に参考になるのではないでしょうか?

ガチのトーナメントだけやっていれば良いか?勝ちさえすれば良いか?対戦相手が居なくなったらどうなるんでしょう?運営費が大赤字で場が成り立たなかったらどうするんでしょう?

と考えると、阿佐田哲也じゃないですけど、エンターテイメントとして、文化として普及させることも必須になって来るんじゃないでしょうかね?

ダーツとギャンブルは一緒にするなと言われるかもしれませんが、エントリーフィーの分配の仕方を見る限り、賭場に近いものがあると思います。風営法の規制を見ても、ギャンブルと扱われていると言っても過言ではありません。

残された道は???というと、ルール(法)を変えて堂々とギャンブルとして成立させるか、エンターテイメントとして普及させるか、あるいは両方か。どちらかによって、「プロ」の定義も異なってくると思います。現在、いわゆるアマでも強い方はおりますし、ツアーに参加せず集客に成功している方も多いように見受けられます。プロツアーをバカにしているというわけではありませんが、エンターテイメントとして捉えた場合に、それってまさしく「プロ」だとは思います。

参考書籍

ギャンブル人生論 (角川文庫 (5478))

麻雀放浪記〈1〉青春篇 (文春文庫)

麻雀放浪記〈2〉風雲篇 (文春文庫)

麻雀放浪記〈3〉激闘篇 (文春文庫)

麻雀放浪記〈4〉番外篇 (文春文庫)

外伝・麻雀放浪記 (双葉文庫)

ああ勝負師 (角川文庫)